おのでら鍼灸経絡治療院

体のこと、あれこれ

麦角中毒

2024/02/16

これは身近な食べ物の中には、実は危険と隣り合わせのものが存在してい、たというお話。

麦角中毒の原因となる麦角菌とは、ライ麦をはじめ小麦、大麦、燕麦(えんばく)などいくつかのイネ科の植物に主に寄生する菌である。

全体で50種ほどの麦角菌があるらしいのだが、その中のよく知られる菌の菌核が黒い角状なので麦角と呼ばれるようになったとのこと。

麦角に含まれるアルカロイドが様々な毒性を示し、麦角中毒と呼ばれる食中毒症状をしばしば起こしてきたという。

ただし、現在では技術が進歩し、製粉段階で除去されているということなので、安心してお読みいただきたい。



この麦角アルカロイドという物質は循環器系や神経系に対して様々な毒性を示すという。

神経系に対しては手足が燃えるような熱感を与える。

循環器系に対しては血管収縮を引き起こし、手足が黒ずんできて、ついには焼けこげたように壊死に至ることもあったというから尋常ではない毒性である。

熱感と供に起きる黒色化する症状はまさに見えない炎に焼かれているような感覚なのかもしれない。

脳の血流も不足して精神異常、けいれん、意識不明、更には死に至ることもあるという。

さらに子宮収縮による流産なども起こすとのこと。



このような特性を生かして、かつては微量の麦角を用いて堕胎や出産後の止血にも用いられたそうだ。

もちろん現在では麦角そのものは使用されていないが、麦角成分であるエルゴタミンという物質は偏頭痛の治療にも用いられるとのこと。

文字通り、使い方次第で毒にも薬にもなりうる物質ということのようである。



麦角中毒など現在では一般の人はまず聞くことのない病気だが、麦角と麦角中毒との関係は数百年前から知られていたようだ。

中世ヨーロッパでは麦角菌に汚染されたライ麦パンによる麦角中毒による騒ぎがしばしば起きていたという。

聖アントニウス会の修道士が麦角中毒の治療術に優れているとされたことからヨーロッパで麦角中毒は「聖アントニウスの火」とも呼ばれたそうである(手足が焼けこげたようになるから)。

かつての治療法としては転地療養や旅がいいとされた。

それは別の土地に行くことで麦角菌に汚染された食物と口にせずに済むからである。



ペストがモチーフであるとされた「死の舞踏」は実は麦角中毒だったのではないかと唱える人もいる。

また、17世紀のアメリカ、マサチューセッツ州セイラム村で起きた「セイラム魔女裁判」は、降霊会に参加した少女たちが次々と異常な行動を起こしたことが発端であるが、集団ヒステリーか、あるいは麦角の集団中毒だったのではないかとも言われている。

さらには古代ギリシャのエレウシスという地では農耕信仰をもとにした祭儀が行われていたが、それは「エレウシスの秘儀」と呼ばれ、大麦を使った飲み物が使用されていたという。

キュケオンというその飲み物に麦角が含まれており、それによる幻覚症状が神秘性を高め、「秘儀」と呼ばれるようになったのだ。

不思議とされる出来事にも、解明されてみればこうした根拠があるということだ。



現在では製粉技術が向上して除去されると上述したが、逆に言えば未熟な人間が手を出すと危険だということでもある。

日本では家畜を除き、麦角中毒の記録はほとんどないそうだが、1943年(昭和18年)の食糧難時に、我が岩手県で笹の実を用いたパンを食べた妊婦の多くが流産するという事件が起きたそうだ。

これは麦角中毒が原因であると考えられている。

笹は数十年に一度、花を咲かせ実をつけるが、その実の栄養価が高いとされている。

なので、時代背景もあって笹の実を用いたパンが重宝されたのだ。

学徒動員され笹の実の採取が行われたというから、本当に食べることに必死だったのだろう。

昭和18年7月、岩手県外山牧場、長坂部落周辺で、総勢700名の手によって大量に採取された笹の実は、同年10月13日にじゃがいもと混合されてパンとなり配給された。

すると翌日には盛岡市内の産婦人科が満杯になるほど流産、早産が多発したという。

2回目の配給時には笹の実を1割減らしたそうだが、それでもやはり流産・早産の数は減らなかった。

さすがに3回目には妊婦は笹の葉パンを食べないようにとお触れが出た。

ちなみに、麦角剤が子宮収縮剤として使用されるようになったのは、それから12年後の昭和30年からとのこと。

その事件がきっかけで薬効に注目が集まったのかどうかは分からないが、少なくとも事件当時にその危険性が知られてなかったのは確かであろう。



主食ともなる麦にそのような菌が寄生することがあるとはなんとも恐ろしい。

現在何の心配もなく食していられるのは多くの人の知恵や苦労の上に成り立っているということであり、本当に有難いことである。


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