近赤外光線免疫治療法
2018/08/15
この記事を目にしたのは2016年の暮れだった。
結構大々的に取り上げられていたので、覚えておられる方も多いかもしれない。
どうやら人類は、たった数分の治療で、しかも副作用がなく、さらに低コストでガンを治すという夢の治療法をまもなく手に入れることができそうである。
それを開発した研究者は日本人だということが誇らしい。
それは「近赤外光線免疫治療法」と言い、米国立がん研究所(NCI)の小林久隆主任研究員によって開発された。
この治療法は今年、ついに日本でも臨床実験が開始される。
https://www.mugendai-web.jp/archives/8418
https://www.mugendai-web.jp/archives/8418
2~3年以内に臨床応用が開始されるかもしれない。
この治療法の仕組みは、がん細胞だけにくっつく抗体を利用する。
この抗体に、近赤外線を照射すると化学反応を起こす物質(IR700)を付けて静脈注射で体内に入れる。
抗体は正常な細胞にはくっつかず、がん細胞にだけくっつく。
そこに近赤外線を照射するとIR700が化学反応を起こしてがん細胞だけを破壊するという仕組みである。
照射から破壊までの時間はわずか1~2分だけという極めて短時間だという。
顕微鏡でその様子を見ると、まるで風船がポンポンと破裂するような感じだとか。
これまでの化学療法や放射線療法は正常な細胞にも影響を与え、それが様々な副作用を引き起こしていた。
もちろん、なるべくがん細胞だけを狙う治療法が研究されていたが、これほどまでに高い選択性を持った治療法はなかったのである。
近赤外線はテレビのリモコンや果物の糖度測定などにも使われており、身近なもので人体にとって全くの無害である。
IR700という物質も1日で尿中に溶けて排出されるので、これも無害だという。
ガン細胞にくっつく抗体も現在20数種類ほど米国食品医薬品局が認定しており、毒性が少ないことが証明済みである。
近赤外線は体表面からある程度深くまで届くので、皮膚ガンはもちろんのこと、体表近くのガンは体表面に照射するだけで良い。
深いところにあるガンの場合は内視鏡を使って光ファイバーを近くまで届けるとか、大きなガンの場合はその塊の中に光ファイバーを入れ、塊の中から近赤外線を照射するのだそうだ。
なので、食道ガン、膀胱ガン、大腸ガン、肝臓ガン、すい臓ガン、腎臓ガンなどガンの8~9割がこの治療法でカバーできるという。
脳腫瘍やすい臓ガンなど、外科手術では全てを取りきれないものにもドイツやオランダのそれぞれ権威ある大学で臨床試験がなされているそうなので、心強い限りである。
本当に夢のような治療で、すごい!
この治療法は二つの仕組みによって、転移ガンにも有効なのだそうだ。
まず一つ目は、この治療法によってガン細胞が破壊されると、その壊れたタンパク質を近くの健康な免疫細胞が食べてしまうということ。
すると、この壊れたタンパク質はいわゆるガンの抗原となる。
免疫細胞は抗原から情報を得てリンパ球にその情報を伝え、リンパ球は分裂して全身を巡り、抗原と同じ情報を持った細胞を攻撃するので、転移したガン細胞をやっつけることができるというわけである。
二つ目は、実は私たちの体のなかで、もともと免疫細胞はガン細胞をやっつけようと頑張ってくれている。
しかし、それを邪魔する免疫抑制細胞というものも体は持っているのである。
この免疫抑制細胞は自己攻撃力のある免疫細胞の暴走を抑える役割を持っているものだが、ガンになるとこの免疫抑制細胞も増えてしまい、免疫細胞がガンをやっつけることを妨げてしまうのである。
それもガン治療を難しくしていた一つの要因であった。
この免疫抑制細胞の中で、主要な細胞である「制御性T細胞」を同様の原理でIR700と結合させ、近赤外線を当てて壊すという。
すると、ガン細胞の近くにいる免疫細胞は邪魔者がいなくなるので、ガン細胞を攻撃するようになるとのこと。
ガン腫瘍の中にいる免疫細胞はほとんどガン細胞のみを攻撃するようになっているために、制御性T細胞を取り除いたことで免疫細胞が活性化しても、ほかの正常な細胞を攻撃することはないので、自己免疫疾患のような副作用も起こさないという。
本当にすごい!
この治療法のすごいところはまだある。
再生医療にも役立つのだそうだ。
例えばiPS細胞で臓器や網膜用のシートを作る際に、中に悪い細胞が混じり、発がん性を示す心配があるという。
しかし、この治療法によって悪い細胞を一瞬で全て破壊して取り除くことができ、安全なiPS細胞シートや人工臓器を作ることが可能になるというのである。
疑いたくなるくらいに良いことばかりだ。
現在、アメリカにおけるこの治療法の臨床試験は、毒性を確認するフェーズ1を終え、治療効果を確認するフェーズ2である。
ここでは30~40人の患者さんを対象に治療が行われるが、治療に副作用がないために抗がん剤のような治療回数に上限がなく、一度で治りきらなかった患者さんに何度でも行っているそうだ。
今後は従来の治療法との比較検討するフェーズ3に進むそうだが、フェーズ2で顕著な効果が出ればフェーズ2を300人程度まで増やしフェーズ3を省略して治療法としての認可を受けられる可能性があるという。
そうなればアメリカにおいてはまもなく実用化することとなる。
日本では国立がんセンター東病院で臨床試験が始まるとのこと。
フェーズ1から始まり、フェーズ2を飛ばして、フェーズ3の国際共同治験で効果を確かめてできるだけ早期に実用化を目指したいとしているようである。
小林先生が20代の頃から抗体がガン細胞にぴったり結合することは確認されていたそうだ。
こんなにガン細胞にぴったり結合するなら、抗体に薬品や放射線同位体元素を付けて運べばガン治療は簡単にできるはずと考えていたという。
しかし、ことはそう単純ではなく、薬剤による副作用や正常な細胞の被爆などの問題が起きた。
ガン細胞だけに効く治療法が求められたのである。
そこできっかけとなったのはガン細胞のみでスイッチが「ON」になる蛍光試薬をかけてガン細胞のみを光らせることだった。
さまざまな光化学反応でガン細胞を選択的に殺す方法を検討していく中で、体の奥まで浸透する近赤外線を利用するために、近赤外線を吸収する物質を探していて、たどり着いたのがIR700という物質だったのである。
一つ一つの技術はこれまで既に確立していた技術なのだそうだ。
しかし、「ガン細胞を殺す」という生物学に物理学や化学を応用するという、いわゆる分野を超えて融合させた治療法を確立させたところに小林先生の偉大さがあるという。
このような融合領域の研究には研究資金が許可されることは日本では難しかった。
それで小林先生は日本を出て、アメリカに渡ったという。
その自由な研究を許してくれたNIHだからこそ、この研究は確立されたと先生はおっしゃっておられる。
日本人が開発してくれたことは大いに誇らしいことだが、それを生み出す土壌が日本に無いことは非常に悲しむべきことである。
早く結果が出て、商売に結びつきそうな研究にだけ資金がでやすいという偏重は、偉大な発見をみすみす逃すという最も顕著な事例だろう。
ネットの中でも多くの危惧する声が出ていたが、この治療法が全面的に確立された場合、製薬会社や保険会社、医療機器メーカーの反応が心配である。
ガンは日本人の死亡原因の1位であり、彼らにとっては大きな利潤を生む分野である。
もちろん、この治療法が及ぼす良い波及効果もあるようであるが、トータルで彼らにとって「おいしい」治療法となるのか、脅威の治療法となるのか、素人には分からない。
だが、それを見越してか、秘密裏に研究が進められて、オバマ大統領が2012年の一般教書演説で突然この治療法のことを「米国の偉大な研究成果」として発表した。
そのためかどうかは分からないが、この治療法に対する反対論や攻撃などの記事は見つけられていない。
自分の身近にもガンで苦しんだ人間がいるが、世界中のガン患者にとって素晴らしい光明となってくれることを願ってやまない。
そして、もしかしたらこれでまた日本人のノーベル賞受賞者が出るかもしれない。
そちらも大いに期待したいものである。
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