薬剤耐性菌への新兵器
2024/12/23
以前病院で働いていた際に、病院が抱える心配事の一つに「院内感染」があった。
様々な患者さんが集まる病院では感染を防ぐために当然のごとく抗生剤などが多用される。
しかし、その抗生剤がもとで新たな強力な菌を生み出してしまい、新たな感染症患者を生み出してしまうことがあるのだ。
人類史上初の抗生物質は1928年にアレクサンダー・フレミングがアオカビから発見したペニシリンである。
抗生物質とはある微生物が産生し、他の微生物の発育を阻害する物質のこと。
このペニシリンが人類のために実用化されるまではさらに10年の時間が必要だったようだが、この発見は人類の医療に革命を起こしたと言われている。
ペニシリンは20世紀で最も偉大な発見の一つで、「奇跡の薬」と呼ばれたのである。
しかし、コロナが世界に広がり、わずか1~2年の間に変異株が生まれたように、ウイルスや細菌の適応能力はすさまじい。
1960年代にはすでにペニシリンに対する耐性を持った菌が出現し始めたのだ。
抗生物質は1990年ごろには5000~6000種類があると言われていて、そのうち70~100種類が実用化されているという(数に幅があるのは用途に違いがあるため)。
ある抗生物質が効かない菌が流行り始めると別の抗生剤を使うようになり、何とか抑え込むというイタチごっこが繰り返されてきたのである。
そして、あらゆる抗生物質に対して耐性を持つ菌、「薬物耐性菌(スーパーバグ)」の出現は医療関係者の悩みの種となったのだ。
ちょうど自分が病院勤めをしている頃にはそれら耐性菌による「院内感染」が日本各地で問題になっていたころでもある。
菌に耐性を持たせぬよう、安易に抗生物質を用いないようにとの注意喚起も行われたが、どうやって感染症から守るか、なかなか悩ましかったのである。
ある時、Drにこのようなイタチごっこをしていき、最後はどうなるのでしょうと尋ねたことがあったが、「どうなるかねえ」とDrにも先を見通せないようだった。
現在耐性菌による死者は毎年70万人以上おり、WHOによると、もしこれを克服することができなければ、2050年までには1000万人が耐性菌によって命を落とすようになると予測されているという。
現在、新型コロナによる死者数は540万人と報告されているが、WHOは実際は1500万人に上るのではないかと推定している。
集計の仕方で数値に幅が出てはいるが、いずれコロナ禍にも匹敵するか、あるいはそれ以上の死者を生み出しかねないということだ。
コロナ以上にその克服は人類にとって重要な課題となっている。
そんな現代医学が直面する問題に、またもや革命的な技術で対抗できるかもしれないというのが今回紹介するものである。
オーストラリアのRMIT大学のグループが開発した新兵器は、もともとは次世代電気機器の分野で注目されてきた極薄の二次元素材をナノコーティングすることで、耐性菌の細胞を物理的に切り裂くものだという。
しかも人体には無害というから非常に心強い。
これは「黒リン」を使ったナノレベルの極薄コーティングなのだそうだ。
インプラントや包帯などで使われるチタンや綿などをこれでコーティングすれば、菌に対し物理的に作用し、細胞を引き裂いてしまうのだという。
リンと聞くと自分は「発火物質」とか「化学肥料」とかしか知識はなかったが、様々な種類があり、用途も幅広いようである。
面白いのはいくつかの食品加工にも使われるとか。
意識するとしないとに関わらず、身の中に取り込んでいるということである。
それを聞くと体に対して使われることに抵抗感も薄らぐようである。
黒リンは半導体で電子機器に使われるようだが、酸素があると崩壊する性質があるのだそうだ。
これは電子機器にとって大問題であり、その解決のために研究されてきたのだという。
ところがこの「酸素に触れると崩壊する」という性質が医療に目を向けるとうってつけの性質だったのである。
黒リンが崩壊するとき、細菌や真菌の細胞表面を酸化させる。
これによって細胞を物理的に引き裂いてしまうのだという。
「大腸菌」「メシチリン耐性黄色ブドウ球菌」など一般的な細菌5種と、「カンジダ・オーリス」などの真菌五種に対して行われた実験では2時間以内に最大99%の細胞が破壊されたというから驚きの効果である。
だが、怖いのは彼らがこの物理的攻撃にも耐性を身につけてしまうのではないかということ。
真菌や細菌は物理攻撃に適応しにくいという特性があるという。
自然な進化でこの攻撃に対抗するには数百万年かかると考えられているとのこと。
その予測が本当に正しいことを願うばかりである。
そして、もう一つ重要なのは、人体への安全性の問題である。
24時間あれば黒リンは完全に分解されてしまうのだそうだ。
つまり人体内への蓄積はなく、健康に被害を0及ぼすことがないのだと。
最大の殺傷効果を発揮しながら、人間の細胞への被害を最小限に抑えることができる最適な量もすでに特定されており、臨床実験も行われているようなので、近い将来、黒リンを使った感染症対策が広く行われるようになると思われる。
そうすれば人類は、今度は「奇跡の包帯」を手にすることとなる。
待ちどおしいかぎりである。
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