脳梁離断症候群
2022/08/18
はじめてこの病気を知った時には驚きとともに、どんな事が起きるのかわからないことからくる若干の恐怖と、それでもなお生きていられるという生命の不可思議さを感じざるを得なかった。
それほど自分にとっては衝撃的な病気であった。
脳はご存知、右半球と左半球から成り立っている。
それぞれに様々な役割を担いながら情報交換も行い、総合的な判断や反応のもとに生命活動が維持されていくのである。
その左右の半球をつないでいるところが「脳梁」と呼ばれる部分である。
この脳梁が障害されて生じる病態を「脳梁離断症候群」という。
左右の半球が情報交換することがなくなるとどうなってしまうのだろうか。
実は左右の半球が連絡し合っている部分は脳梁だけではない。
「前交連」や「海馬交連」という部分も連絡している。
なので、「脳梁離断症候群」にはこの部分の損傷もあるケースが含まれている。
この疾患には以下の六つの症状が認められる。
(以下脳外誌18巻3号脳梁および近傍領域損傷による高次脳機能障害より)
① 情報が互いの半球に伝達されないことによる左右対称性の症状
② 左半球機能の伝達障害による症状
③ 右半球機能の伝達障害による症状
④ 左右半球間の抑制経路の破綻によって出現する症状(右または左の一側に出現)
⑤ 左右の協調・制御の障害
⑥ その他
それぞれを見ていこう。
【 左右対称の情報伝達障害 】
例えば目を閉じた患者の右手を、検者が言語的に表現しにくい手指のパターンを作る。
それを左手で模倣させる。
健康な人であれば今指はどのような形を作っているのか、目をつぶっていても分かるので容易に模倣できる。
しかし、半球間の情報伝達がないと、どのような形を作っているのかの情報が伝わらないので模倣することができない。
当然、同じ実験で左手の形を右手で模倣することもできない。
この実験では関節がどのくらい曲がっているのか、関節の状況を把握している「位置覚」という感覚の情報が伝わるかどうかの実験だが、他の感覚でも同様のことが言える。
【 左半球機能の伝達障害 】
左半球の大きな役割のひとつは言語機能である(左利きの人は右半球のあることが多い)。
なので、言語処理された情報が右半球に伝わらないと、右半球が司る左手の動きに障害を生じることになる。
1.左手の失行
「失行」とは運動機能には問題なく、命令は言語としては理解できているのに、課題の運動を正しく遂行できない状態である。
例えば言葉で「○○の動作を行ってください」と指示されて、その課題は理解できているのだが、その言語命令が右半球に伝達されないために、左手の動作ができない。
2.左手の失書
左手で書字をしようとすると、左半球にある書字の情報が右半球に伝達され、左手で出力されることで書字が可能となるが、情報が伝達されないために書く事ができなくなる。
非利き手のために文字が拙劣ということではなく、誤った字を書いたりもする。
3.左手の触覚性呼称障害、左手の触覚性失読
目を閉じた状態で、左手で触れた物品の呼称ができない、あるいは浮き出た文字を読むことができないという症状。
触覚情報が右半球から左半球に伝達されないために言語化できない。
4.左視野の呼称障害、左視野の失読
私たちの視野は、左視野は右半球へ、右視野は左半球へ入力される。
そのため、患者にスクリーンの中心を見させ、瞬間的に画像を見せ、眼球運動が起きる前にその画像を消した場合、左視野に入った映像は右半球に入ることとなる。
その実験でも左視野に映り、右半球に入力された映像の情報は左半球に伝達されないためにそれを呼称することも読むこともできなくなる。
5.左耳の言語音消去
聴覚が伝わる経路には同側性と交叉性の二つがあり、右耳に入った情報は右半球にも左半球にも伝わる。
しかし、左右の耳に、同時に異なる音を聞かせた場合には同側性は抑制され、交叉性のみの入力となるそうだ。
なので、異なる言語音を左右に同時に聴かせると、右耳に入った言語音は左半球に入力され、左耳に入った言語音は右半球に入力される。
すると、右半球に入力された言語音情報は左半球に届かないために言語処理がされなくなる。
6.右鼻の嗅覚呼称障害
臭覚の伝達は同側性のようで、右鼻から入った臭覚情報に基づきその匂いに関連したものを左手で選択することはできるという。
しかし、臭覚情報は右半球に伝わらないので言語化はできないという。
【 右半球機能の伝達障害 】
1.右手の構成障害
構成障害とは例えば立方体の模写に歪みがあるとか、積み木がうまくできないなど、物体の構成の能力が障害されることをいう。
構成障害は左右どちらの阪急の障害でも起こりうるが、より右半球の障害によって起こることが多い。
ということは右半球に構成能力を司る部分が大きいということだが、脳梁離断症候群になると、構成に関する情報が左半球に伝わらなくなるため、右手での構成障害が起きる。
2.右手の反応及び言語反応における左半側空間無視
左半球は右視空間にのみ注意機能を持ち、右半球は左視空間とともにわずかながら右視空間にも注意機能を持つとのこと。
なので、左半球で左空間からの情報を処理しようとするには右半球からの情報がなければならない。
脳梁離断があると情報は入ってこないので、右手やあるいは言語で反応しなければならない時には左半側の空間無視が出現することになる。
【 左右半球間の抑制経路の破綻によって出現する障害 】
1.拮抗失行(狭義)
右手の動きに触発されて左手が動き、その動きが右手の動きと拮抗するようなものであったり、同じような運動であったり、全く無関係な動きをしたりする。
2.他人の手徴候(エイリアン・ハンド・シンドローム)(狭義)
左手が自分の意図とは関係なく振舞う現象で、ゆっくり空を探る動きである。
動きにパターンがなく、無目的で速さ・形は一定でない。
また、何かに触れるとそれをなでたり、まさぐったり、時に障害物を避けるなど状況に応じた動きも見せる。
なので、一見本人の合目的的に動いているようにも見える。
3.道具の強迫的使用
眼前に置かれた道具を強迫的に右手が使用してしまう現象。
目隠しして触れさせるだけでも、あるいは想像させるだけでも誘発される。
左半球にある行為に関する運動の記憶が抑制を欠き、本人の意図に反して行為が出現するためである。
【 左右の協調・制御の障害 】
両手を使った時間・空間ともに連続した動作が不良になる。
【 その他 】
1.意図の拮抗
詳細が明らかになっていないが、例えば部屋を出ようとするのにすぐまた入ってしまうとか、立とうとするのにまた座ってしまうとか、前述の左右の手の拮抗失行という枠では説明できない全身性の拮抗動作を指す。
2.Agonistic dyspraxia
一側の手で動作を命じられても、対側の手で施行してしまう現象。
3.脳梁性吃音・構音障害
子供などに見られるいわゆる発達性の吃音とは異なり、語頭音・音節の吃音が主である。
語頭音の繰り返しのほかは、発音の明瞭度や発語の速さは通常と変わらない。
4.記憶障害
物事を記憶する際、外界の知覚や経験の解釈が正確な記憶の把持に重要なのだそうだが、これは左半球が得意とされる。
しかし、入力された非言語性の記憶が左半球に転送されないので記憶能力が低下するという。
症状が多岐にわたるため、単純に羅列するだけでも以上のようになる。
しかし、現実にはすべての症例にすべての症状が現れるわけではなく、先述の「前交連」が残っているだけでも多くに機能が維持されることも多い。
実際、1907年に脳梁離断症状と考えられる「手の失行例」が報告されているが、その後、1960年代まではほとんど障害は出ないと考えられていた。
細かく観察されていればもっと早くに全体像が掴まれていたのかもしれないが、それほどまでに日常生活にはあまり支障をきたしていなかったということであり、障害をカバーできていたということだろう。
ちなみに、難治性のてんかんでは脳の電気刺激の暴走を抑えるために脳梁離断術が行われることもある。
それほどまでに生命としての安全性は確認されているということでもある。
自分の当初の衝撃は杞憂に過ぎなかったということであるが、生命の不可思議さは深まるばかりである。
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