「見てしまう人びと 幻覚の脳科学」~ オリバー・サックス著
2024/01/17
当サイトでオリバー・サックス氏の著書、「妻を帽子とまちがえた男」を以前に紹介した。
「妻を帽子とまちがえた男」① - 体のことあれこれ (onodera-shinkyu.com)
また、個人ブログでは「音楽嗜好症」という著書も紹介している。
音楽嗜好症 | こけ玉のブログ (ameblo.jp)
いつもオリバー氏の著書は脳の不可思議さについて多くのことを教えてくれる。
今回のテーマは「幻覚」である。
ともすると我々は、「幻覚は精神を病んだ人が見るもの」と思ってしまう。
しかし、現在の脳科学は我々が知っている以上に、幻覚という現象が身近にあることを明らかにしている。
例えば金縛りの時に見える恐ろしげな人々、不思議ちゃんがよく言う「小さなおじさん」、臨死体験で見る自分の姿、PTSDが見せる恐怖の追体験、果ては妖怪の存在にもそれを示唆するものがある。
改めて脳が演出する不可思議な世界の一端をご覧いただきたい。
そもそも幻覚とは何だろうか。
それは我々が頭の中で何かを想像したときに描く映像とは全く異なり、「自分の外側に明らかに存在していると認識できるもの」である。
場合によっては、今自分が見ているものは「偽物である」と認識できることもあるが、多くは「実像」ととらえがちである。
また、単に視覚的な幻覚にとどまらず、「幻聴」や「幻臭」、果ては「幻触」など聴覚、臭覚、触覚においても幻覚は存在する。
我々は、薬物患者が幻覚や幻聴を見たり聞いたりするのは「精神を病んでいるから」という理由だけで納得しがちだが、どのような仕組みで彼らはそこに存在しない物が見え、音を聞くことができるのか。
それは、普段我々は目で見、耳で聞いているのではなく、目や耳はあくまでも情報の入り口であり、脳の中で様々な情報が統合されて初めて映像や音が認識できるという事実を改めて思い起こさなければならない。
ということは脳の中での情報の統合にエラーが生じると、全く別の世界を認識してしまうということである。
そして、そのエラーは何も薬物患者にだけ限って起きることではないのだ。
本書には第1章:静かな群衆…シャルル・ボネ症候群や第5章:パーキンソン症候群の錯覚、第12章:居眠り病と鬼婆など、どのような病的状態の人や、どのような状況におかれた人が幻覚を見てしまうのかを15章にわたってそれぞれ記載されている。
ここでは罹患率の最も多い片頭痛と不思議な現象である金縛りについて紹介してみたい。
片頭痛患者の20~30%に前兆が起きるという。
その前兆は5~20分かけてゆっくり段階的に現れ、通常60分以内に治まる。
その後頭痛が起き始めるが、中には頭痛を伴わず、前兆だけを経験することもあるのだとか。
前兆には視覚的なものが最もよく起き、様々な色の閃光であったり(オリバー氏の場合は鮮やかな青とオレンジとのこと)、まぶしいジグザグの線によるものであったりする。
そのジグザグが城の形に似ているために「要塞スペクトル」とか、閃光の内側の視界がなくなるために「閃輝暗点」などとも呼ばれる。
大概の人の場合は閃輝暗点部分には外界も含め何も見えなくなるのだが、場合によってはその部分に様々な模様が見えることがあるという。
オリバー氏には小枝のような小さな分岐線、格子、市松、クモの巣、ハチの巣などの幾何学模様が見えるそうだ。
そして、閃輝暗点そのものはゆっくり変化するのに対し、それらの幾何学模様は常に動いており、再形成を繰り返し、複雑なモザイク画を形成したりもするとのこと。
さらに不思議なのは幾何学模様が見えるのは多くの人に共通しているという事実である。
前兆そのものは脳の中で電気の波が視覚野を通る際に生じるものだと言われているが、なぜ幾何学模様が、しかも多くの人に共通して見えるのか。
その模様はメスカルという幻覚剤を使用した際にも同一のものが見えるという。
考えられているのはこうだ。
そのような幾何学模様は、記憶とも、個人的な経験や欲求や想像とも関係がなく、脳の視覚系の構造に組み込まれているのではないかということである。
片頭痛の前兆を持つ多くの人が見る要塞スペクトラム、そこからさらに人数は減るがやはり共通してみてしまう様々な幾何学模様。
それらが見えるということは脳の中でパターン化がなされていることが想像できる。
つまり、個人的経験のレベルよりもはるかに低いところで作用しており、それら幻覚で見える形は人間にとって生理学的に普遍の経験なのだと考えられている。
そのため、人種や民族を超え、あらゆる美術の中に幾何学模様を見ることができるのではないかと。
不思議な話だが、自然界の多くの生物、動物、自然の造形にもそれらが見られるという事実は、人間だけでなく、地球上の生物にとって幾何学模様は何らかの意味を持つものなのかもしれない。
当院でも時々片頭痛の方がいらっしゃるが、そのような映像を見るかどうかの確認は今までしてこなかった。
今度は前兆の有無とその内容について聞いてみたいものである。
個人的には全く経験したことはないのだが、金縛り現象についてはテレビなどでも多く見聞きする。
それを語る人が嘘をついているとは到底考えられず、実際に当人が目の当たりにしている現象なのだろう。
その金縛り現象を理解するには、睡眠に関していくつかの事実を知る必要がある。
個人ブログで以前「ナルコレプシー」を取り上げた。
ナルコレプシー | こけ玉のブログ (ameblo.jp)
これは日常生活のあらゆる場面で突然眠気が襲い、所かまわず寝てしまうという疾患である。
その疾患には単に眠くなるというだけでなくいくつかの特徴があり、その一つに情動脱力発作というものがある。
喜怒哀楽の感情が強く動いたときに、全身の力が抜けてしまうというものである。
この脱力は通常数秒から数分で回復するが、時にはそのまま入眠してしまうこともある。
その寝入りばなに本当に体験しているような非常に鮮明な夢(幻覚)を見ることがあり、その症状を入眠時幻覚という。
その幻覚の内容は部屋の入り口や窓から何者かが忍び込んできて襲われるとか、時には性的ないたずらをされるように感じられる時もあり、恐怖感や不安感を感じる内容なものになることもあるそうだ。
そして、それらから逃げ出そうとするも、全身は脱力しているために動くことができず、声も出せないとのこと。
これを睡眠麻痺という。
これらの幻覚は目覚めてもはっきりと覚えているために何年も続くうちに夢と事実が混ざり合い区別がつかなくなることもあるそうだ。
この入眠時幻覚と睡眠麻痺という症状はまさに金縛り現象そのものであり、これが金縛り現象の本体であると考えられている。
そして、健常者にもその現象が起きることが確認されている。
また、入眠時幻覚とともに出眠時幻覚というものもある。
いわゆる目覚めのタイミングで見る幻覚のことである。
出眠時幻覚の方が入眠時のそれよりも恐怖感を増す内容が多いそうで、「夜中、ふと目覚めると」というタイミングではこちらの方が現れているのかもしれない。
よく、芸能人が地方の宿で体験する心霊現象を語る。
その多くの真偽は分からないが、少なくとも金縛り現象に関しては幻覚であると説明がつくようである。
上記はかなり内容的に端折って書いたが、本書では脳の解剖学的所見なども織り交ぜながら、脳のどの部位に問題を生じると、どのような幻覚を見るということも多く書かれている。
単に夢とか、想像ではなく、目の前に現実に存在しているものに見える幻覚。
それはあくまでも脳の中に情報の統合にエラーが生じた結果の産物であるということ。
なんと脳は厄介なものだろうか。
あなたは本書で脳が演出する世界にますます興味を抱くだろうか。
それとも、思ったよりも自分が感じているものの不確かさを思い知らされるだろうか。
あなたが見ている「それ」は本当に実在しているものなのか?
ぜひ本書で不思議な世界を探ってみていただきたい。
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