「皮膚は凄い」~ 傳田光洋
2023/02/15
傅田光洋氏は化粧品会社で皮膚についての研究をされている方である。
2012年5月28日に私の個人ブログで、「第三の脳」という著書を紹介させていただいた。
「第三の脳」 ~ 傳田 光洋(でんだ みつひろ) | こけ玉のブログ (ameblo.jp)
この「第三の脳」では皮膚の持つ驚きの能力が語られていた。
その初版が2007年だったので、そこから10年以上経過した中で、今回傅田氏の皮膚に対する認識が次元を超えたところにまで到達していることを改めて紹介させていただきたいと思う。
まずは以前の記事から「皮膚の驚くべき能力」について簡単に復習してみたい。
従来は、ヒトの触覚は圧などの刺激を神経の末端にあるセンサーで感じ取り、その情報が脳に到達してそこで処理され知覚されると考えられてきた。
しかし、いわゆる「匠の技」と呼ばれる人達はミクロン単位の違いを知覚している。
ところが、センサーの分布を調べてみてもミリ単位でしか存在しないため、その分布では拾いきれないはずの「匠の技」がなぜ可能となるのかがわかっていなかった。
それが、実は皮膚の細胞そのものがセンサーとなっており、細胞から発信されたわずかな電気信号が細胞間を伝達して知覚されていることが傅田氏らの研究で明らかになったのである。
そのほかにも、
〇皮膚は色を認識している
〇ウソ発見器は冷や汗を感知しているのではなく、皮膚の細胞の一つ一つの電位が情操の変化に応じて変動することを感知していた
〇皮膚には脳から独立した情報処理システムがある
等々皮膚に関する驚きの 多くの機能が「第三の脳」では紹介された。
脳が、感じ、考え、判断し、行動する指示を出す臓器だと考えると、消化器も同様の機能を持つとして消化器研究者のガーション博士が腸を「第二の脳」と呼んだことを引き合いに、
皮膚にも独自の判断で反応を起こすシステムがあることから「第三の脳」と呼べるとして前著が上梓されたのである。
「第三の脳」ではさらに視覚、聴覚、皮膚感覚、重力などの体性感覚を極端に減らした場合にどうなるのかの実験を通じて、いかに皮膚感覚が自我の形成へ関与しているかについても興味深い示唆を与えてくれている。
また、鍼灸師として個人的に極めて興味深かったのは、「経絡」の存在が傅田氏によって示唆されていることであった。
皮膚細胞をシャーレで培養し、その細胞集団の一部を空気に触れさせると、電位変化が波のように細胞集団を移動するといった反応が確認されたそうである。
その電位の変化の移動パターンを調べてみると、「つながりのある」パターンが確認されたというのである。
適当に蒔いた細胞集団にもそのようなパターンが生まれるので、生体の表皮であればもっと秩序だったパターン形成が存在してもおかしくないとして、
「経絡には末梢・中枢神経が関与していることは間違いないと思いますが、体の表面において、表皮も独自に帯状の電気的に特異な道筋を形成しているのではないか、私はそうにらんでいるのです」
と経絡に関して独自の見解を述べられているのである。
科学的な証明とは誰がやっても再現性があることが必須なので、「経絡」の証明に興味を持つ誰かがその実験に取り組まなければ、傅田氏一人が語ったところで認知されることにはならない。
その「誰か」が早く出てきて欲しいものであるが、この傅田氏の研究が自分のような「刺さない鍼」による治療をしている者にとって、大きな励みとなったことは間違いない。
傅田氏はその後も何冊か上梓されているが、興味のある方はぜひこの「第三の脳」を読んでみて欲しいと思う。
さて、今回ご紹介する「皮膚はすごい」では更なる皮膚の驚くべき能力が報告されている。
前半では様々な生物たちが皮膚を各々進化させて「種の存続」を勝ち取ってきた実態を追う。
カブトムシのように皮膚の役割を物理的な防御に特化させて種を繁栄させてきたもの。
サメのようにただひたすら速く泳げることのみに特化させたもの。
イカのように高度な擬態能力を獲得したもの。
中には電気レーダーを備えた皮膚を持つようになったものや皮膚の変化でコミュニケーションをとるものも出現してくる。
更には植物の皮膚とヒトとの共通点にも話は展開するなど、生物の皮膚をめぐる話は非常に多岐にわたる。
ここまでくると、皮膚だけを見ても地球上の生物の壮大な進化の過程までもが浮かび上がってくるようである。
その上で、新たに分かったヒトの皮膚の能力とは・・・。
ヒトの皮膚は表皮と真皮の二層から出来ているが、その表皮の90%を占める細胞がケラチノサイトである(表皮はさらに角質層など4層に分かれる)。
このケラチノサイトは他の多くの細胞よりも60~70倍もの硬さがあり、それによって物理的防御も行っている。
細胞の死滅後も強度を保ちながら防御の役割を果たし、最終的には垢となって脱落していく。
そのケラチノサイトがさまざまな種類のタンパク質や脂質を産生しているのであるが、抗菌物質をも作り出していることが分かってきたという。
物理的防御を行っていた表皮の中の角層が何らかの原因で剥がれると、この抗菌物質が分泌され、科学的な防御が行われているのである。
多重の防御機能を備えていたということだ。
また、化粧品会社に勤める傅田氏は「皮膚の修復」が大きな研究のテーマの一つとなっている。
そこで、どのような刺激がその修復に寄与するのかを調べたところ、突くなどの物理的圧力、気圧、電場、適切な温度、可視光、音波など思いつく限りのあらゆる物理的刺激に対して反応することが分かったという。
逆に言うと、ケラチノサイトにはそのような刺激を感知する機能があるということである。
あくまでも神経線維の感知ではなく、皮膚細胞ケラチノサイト自体の感知である。
ケラチノサイトの能力はこれにとどまらない。
臭覚の受容体、酸性条件で作動する受容体、唐辛子成分で作動する受容体、グルタミン酸などの旨味成分で作動する受容体、果糖などの一部にも反応する、など臭覚、味覚の能力すら持っていることが確認された。
これで視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚の五感全てを皮膚は感じ取っていることが分かったのである。
もちろん、それらすべてが私たちの意識にまで上ってくることはない。
しかし、確実に無意識下の情報として私たちの脳へと伝達されていると傳田氏は言うのである。
ちなみに、「皮膚の味覚」などは傳田氏らの発表の後、海外の研究者らによっても遺伝子改変マウスを使って証明されている。
加えて明らかになった事実は、ケラチノサイトには神経線維の情報の伝達時に起きる「興奮」と「抑制」という反応と同じ反応が起きるという。
ある神経科学者の実験によると、指先に異なった形のものを当てると、その形によって異なる神経応答が前腕の神経に起きたというのだ。
これは本当にすごい。
なお、脳との類似性はこの他にもある。
脳が合成し、身体の調節に使われるホルモン類の多くも皮膚で合成できるというのである。
これらのことから、傳田氏は瞬間的な反応を要する情報処理は皮膚によって行われているのではないかと推測している。
このような一連の事実を目の当たりにすると、よく小説などで自分の身に起きることを皮膚感覚で表現されることが多いが、それは単なる比喩ではなく、本当に皮膚で感じ取っている感覚なのではないかと思えてくる。
傅田氏はヒトがほかの動物に比べ、むき出しで、実に心もとない皮膚を選択しながらも繁栄の道を歩むことができたのは、この五感を感じ取りながら、情報処理もできる皮膚のおかげでもあるのではないかと考えている。
その詳しい考察はぜひ本書をお読みいただきたい。
本書の最大のキモは最終章の「家を出た人間」である。
ここに至り、ヒトの進化・発展を皮膚の見地から読み解いた時、再び最初から読み返してみたくなるのである。
ぜひあなたも皮膚の不思議な世界に浸かってみてはいかがだろうか。
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