「代替医療のトリック」~ サイモン・シン&エツァート・エルンスト
2021/12/06
まあ、表題からして良いことは書かれていないと予想はついたが、鍼灸がどのように捉えられているのか、ちょっと見てやろうという挑戦的な気持ちで本書を手にした。
結論から言うと、やはり「鍼灸はプラシーボ効果でしかない」という内容だった。
しかし、意外にも彼らは鍼灸師の一般的な主張をきちんと捉えていて、検証にもきちんと時間も手間もかけ、「科学的根拠に基づく医療」として鍼灸が耐えうるものなのかどうかを真面目に、真剣に追求している内容であった。
それだけに本書を読んだ人は「鍼灸は医療にはなりえない」と判断してしまうであろう。
しかし、自分からすればそれらの検証にはまだ「穴」があり、不十分であると感じざるを得ない。
なので、「鍼灸には興味はあるが、やはり今ひとつ信用しきれない」という方にはぜひ本書も読んでいただきつつ、自分の主張も聞いていただいた上で判断していただければと思う。
「科学的根拠に基づく医療」の重要性を真面目に
重ねて言うが、彼らは最初から代替医療を否定するために検証を始めたのではない。
本当に代替医療が「科学的根拠に基づく医療」なのかどうかを確認したかったようだ。
現代では「科学的根拠に基づく医療」は当たり前で、一般の人でさえそのように認識している。
しかし、意外にも医学会にその概念が定着したのは1900年代に入ってからのことで、「医学」の長い歴史から言えばまだ新しい概念とも言える。
第1章ではその「科学的根拠に基づく医療」が根付くことになったいくつかのエピソードや、薬や各種治療法がどのようにして検証されているのか、その方法について記載されている。
個人的に最も興味深かったのは、その概念の普及に大きな役割を果たした人物の一人がナイチンゲールであったということだ。
ご存知のように、献身的な看護師として有名な人物である。
その献身さこそが彼女がその名を残した理由だと思っていたが、どうやらほかに理由があったようだ。
端的に言うと、衛生的な環境が治癒率に大きく関与することを、統計学をもって実証し(ほかにも多くのことについて実証した)、まだ女性の地位が低かった当時、医学界の重鎮たちを打ち負かし、医療改革を成功させたのである。
当時は看護師の社会的地位も低かったようであるが、「女性にも学問は必要」と言う進歩的な父親の下、多数の言語や数学を習得し、前述の偉業を成し遂げつつ、看護師の地位向上にも大きく寄与したようだ。
その他にも「瀉血」「壊血病の治療法」「喫煙と肺がん」など、「科学的根拠に基づく医療」の重要性が認識されることとなるエピソードはどれも興味深く、医学の進歩の歴史を知ることができる。
第一章だけ読んでも一読の価値ある本である。
鍼治療の検証法と自分が考えるその検証法の「穴」
本書の第二章で鍼治療が検証されている。
本稿では端的に結論だけを紹介していくが、鍼灸が西洋においてどのように受け入れられてきたかその歴史的背景から、WHOが鍼灸を認めるにあたっての問題点、あるいは、どれほどの客観性を持った検証が行われたかについても縷々述べられており、予断を持った検証ではないことがよくわかる。
ひとつ興味深いエピソードとしては、鍼灸は中国発祥の医療と認識されているが、1991年にアルプスの氷河で見つかった5300年前のミイラ、通称エッツィ・ジ・アイスマンにはツボの位置を記したとされる刺青があったという。
中国4000年とされるよりもはるか古のヨーロッパにおいてツボ治療が行われていたのではないかと推測されているという。
ん~面白い!
それが本当ならば、鍼灸の歴史が変わることになるが、ヨーロッパにそれを示唆する記録は残っておらず、現存するのは中国の古文書のみである。
さて本題に戻ろう。
鍼治療の検証方法としては、普通に治療するグループと、偽の治療をするグループ、さらに治療を行わないグループの、三つのグループを比較検討するという方法である。
さて、ここでいう「普通の治療」とは、地図上の緯度・経度のごとく、「正確に位置取り」したツボに、しっかり鍼を刺し込んだ治療のようである。
そして、「偽の治療」とはツボの位置を外した治療を行うとか、鍼を皮膚にあてたとき刺されたようにチクリと感じるが実際には刺さることなく、鍼が引っ込む特殊なものを使用するというのである。
これは困ってしまう。
自分が鍼灸の学生だった頃から学んでいた流派では「生きたツボに刺せ」と教わってきたからだ。
「○○から何寸にあるのが△△のツボ」というのはあくまでも目安であって、目指すべきは皮膚表面に独特の反応を表している「生きたツボ」であるとされてきたのだ。
ましてや現在自分の治療は個々のツボというよりは経絡全体の反応を見ることも多い。
それを画一的にポイントにきちんと刺入するのが正しい治療とされると、それは困るのである。
何年か前にWHOがツボの位置を修正したことがあった。
その際、これまでツボの位置がずれていたのに効いていたとするのはまやかしだったのではないかという論争が起きた。
しかし、逆に鍼治療をよく知る人たちは、経絡図が示すツボの位置はあくまでも目安であることを知っており、患者さんらに動揺が広がることはなかった。
検証に参加した鍼灸師たちは、ツボの位置をずらすことを「偽の治療」とすることについてどのような議論をしたのであろうか。
その詳細については書かれていない。
また、現在自分はほぼ鍉鍼(ていしん)だけを使った治療を行っている。
鍼灸師なら分かるが、鍉鍼は皮下に刺入することのない「刺さない鍼」である。
鍼灸師全体の中では少ないかもしれないが、自分同様にほとんど鍉鍼のみで治療している鍼灸師は他にもいるし(というか自分はそれを学んで現在の治療法へと変更した)、流派によっては「浅鍼」として軽く皮膚に刺すだけの方法を行っているところや、皮膚に触れるだけの「接触鍼」で行うところもある。
つまり、「偽の治療」とされている方法で正規の治療を行っている鍼灸師が現存しているのである。
要するに、検証方法で「正しい治療」とされているものが必ずしも正しい治療になっているとは限らず、「偽の治療」とされている方法で正規の治療が行われているのである。
鍉鍼は古来使われてきた鍼の一種である。
自分のように成人に対して使用している鍼灸師は少ないかもしれないが、小児鍼として使用している鍼灸師は結構いるのではないだろうか。
なぜ、検証に参加した鍼灸師は「刺さない鍼」でも治療効果があることを主張しなかったのだろうか。
もし、主張していたとしたら、それについてはどのような結論になっていたのか、詳細は書かれていない。
以上のことから、自分からするとこのような検証方法では正しい検証ができていないと言わざるを得ないのだ。
検証結果と自分が考える疑問点
肝心の検証結果は、何もしない群よりは治療した群は高い改善を見せたが、正しい治療群と偽の治療群では差がほとんどなかったというものだった。
つまり、「偽の治療」と「正しい治療」の効果に差がないのならば、鍼治療の効果はプラセボ効果でしかないという結論だったのである。
「プラセボ効果」とは実際には効果はないが、「効く」と信じる心理的な作用によって症状が改善したと感じる作用である。
同じプラセボ効果なら偽薬を与えたほうがコストは安いので、患者にとって良心的であるというのである。
ただ、彼らが良心的であるのは、鍼にはプラセボ効果しかないが、高いプラセボ効果を持つものであり、これほど高いプラセボ効果を持つものなのであれば、通常の医療の中に組み入れてもいいのではないかと問題提起している点である。
そこには鍼灸師の存在価値を彼らなりに認めようとする姿勢が見える(非常に屈辱的ではあるが)。
しかし、もし「信ずる心」が治しているのであれば、次のような事象はどうして起きるのであろうか。
鍼治療を受けに来る方々は痛いところを治してほしくて来院する。
鍼の治療法に詳しくない彼らの多くは痛い場所に直接治療してくれると信じてやってくることが多い。
当院での治療は稀に痛む場所に直接鍼を当てることもあるが、患部とは離れたところに鍼を当てて治療することのほうが多い。
時に患者さんは「痛いのはそこじゃないです」と言ってくることもある。
だが、ほとんどのケースで痛みが取れると患者さんは不思議がる。
これは信じることで治ったのだろうか。
また、施術者としていつも感じていることだが、患部の軟部組織の硬さやほかの部位とは違う皮膚の違和感も、治療後に改善されるのである。
この実際に起こる生体反応もプラセボ効果で生じたものだというのであろうか。
ある帯状疱疹後神経痛に悩まれていた患者さんの治療の時には、当初治療効果を上げることは全くできなかった。
幸いにもその患者さんは辛抱強く通い続けてくれたので、様々な治療法を試すことができた。
そして、ある治療を行った時に非常に高い治療効果を上げることができたのだ。
当然のことながら、上記のような生体反応も認められ、患者本人の自覚的なものだけでなく、治療者側からも客観的に身体の変化があったことが確認できた。
もし鍼にはプラセボ効果しかないのだとしたら、鍼治療を開始した当初から何らかの改善があったはずである。
もちろん、治療法をその都度変えたことは患者さんには伝えていない。
患者さんは使用するツボをその都度変えていることは認識できていても、何を目的として使うツボを変えているのかまではわからなかったはずである。
このように、ある特定の治療法に変えた途端に変化があったことを患者自身も治療者も認識できたことは、鍼治療の中にもある特定の疾患に対して、効く治療法もあれば効かない治療法もあることを示す一つのエピソードであり、プラセボ効果で説明は出来ないだろう。
「科学的根拠に基づく医療」としての検証を難しくしているもの
自分も理学療法士としてかつて働いており、現代医学を多少なりとも学んだ者として、「科学的根拠に基づく医療」がどれほど大切なことは分かっている。
だから、できれば鍼治療の効果を実証し、現代医学との融合が図ることができれば鍼灸師にとってだけでなく、患者さんにとってもどれだけ有益であろうかとも考えてきた。
ただ、どのようにしたらそれが鍼治療において実証しうるのか、その方法はなかなか見いだせてこなかった。
検証を困難としている最大の理由は「気」や「経絡」の存在を実証できていないことにあると思っている。
本書でも解剖学的に経絡の存在を示すものは何もなく、その点も大きく鍼の効果を疑わせる理由となっている。
鍼灸は人体の中の「気」の流れを調整する治療である。
その「気」が流れる道を「経絡」と呼んでいる。
しかし、残念ながら科学が発達した現代においても未だ「気」も「経絡」の存在も実証されていない。
そしてもっと残念なことに、鍼灸師の中においてさえ、「気」の存在を信じていない者もいる。
しかし、「気」や「経絡」の存在が実証され、その実態が解明されれば、自ずと検証の方法も変わり、自分のような治療を行っている鍼灸師にとっても納得のいく検証内容になっていくと思う。
なぜ「気」や「経絡」の存在の実証が必要なのか
まだ、鍼灸の学生だった頃、参加させていただいていた勉強会では会員同士がモデル患者となり治療を行い合っていた。
あるとき、その勉強会を主催していた先生が行った治療がうまくいったことで、「ああ、(治療を受けたモデル患者から)すごい気が出ているねえ。○○cmぐらいのところまで出ているよ」と言った(○○の正確な数値は覚えていない)。
それで、自分も含め、その場にいた数人が○○cmぐらいのところに手をかざし、上下に動かしてみた。
すると、まさしくその高さのあたりを境界として、下に行くと温かいような何かを手のひらに感じ、上にあげていくとその境界あたりでその感覚はスっと消え去るのである。
自分も驚愕の中で何度も手を上下させて、その不思議な感覚を確認したものだった。
人の気はなにも皮下の人体の中だけをめぐるのではなく、皮膚表面上も流れているとされている。
その他にも「気」の存在を実感したエピソードはいくつか経験してきたが、もし、「気」の存在が実証でき、何らかの方法で視覚化あるいは数値化できれば、「刺さない鍼」による「気の動き」も判定出来るであろうし、検証方法も変わってくるだろう。
また、2011年5月に出した本稿6号では、傅田光洋氏の「第三の脳」という著書を紹介した。
彼は化粧品会社に勤める皮膚の研究者であるが、「皮膚の細胞は、それ自体が受容器であり、情報の伝達機関である」など、皮膚に関する面白い治験をいくつも発表されている人物である。
彼は次のような実験を行なった。
皮膚細胞を培養し、シャーレの中いっぱいにした。
そして、いっぱいとなった細胞集団の一部に空気を触れさせるのである。
すると、空気に触れた細胞から電位変化が波のように細胞集団を移動し、その移動には解析の結果、一部に「つながりのあるパターン」が見出されたというのである。
培養した細胞集団にそうしたパターンが現れるので、実際の表皮においてはもっと秩序だったパターン形成があるのではないかというのである。
その前段階において、皮膚そのものに電気情報を伝達する能力があることは分かっていたので、彼自身も鍼治療を受けた経験があることから、このパターン形成こそが経絡と言われるものの形成に関与しているのではないかと推測されていたのである。
「科学的根拠がある」とするには、実験に再現性がなければならない。
彼以外の別の研究者が実験を行っても同様の結果が得られるとなって、初めて「その現象には再現性があるので事実である」と言えるようになるのである。
もっとも、まだシャーレの中で何らかのパターンがあるらしいという段階であり、実際の皮膚表面で確認されたわけでもなく、そもそもそれをどのように確認できるかも分かっていないので、まだまだ何段階も先の話なのではあるが。
しかし、解剖学的には経絡の存在が確認できなくとも、細胞の機能レベルでその存在を示唆しうる知見が得られたことは大きな一歩なのではないだろうか。
望むべきはこのような分野に興味を持つ学者がもっと現れ、それに予算をつぎ込んでくれる研究機関が出てくれることである。
まだ結論は出ていない
自分が見聞きし、体験したエピソードを「作り話」とまでは言わなくとも、「単なる気のせい、勘違いだ」と言うだろうか。
確かに映像にさえ残っていないし、仮に残っていたとしても「気」は映像には映らないので、現時点では単なる「話」でしかない。
しかし、鍼灸師としての名誉と誇りにかけて言うならば、患者さんが単に感覚的に治ったと自覚するだけではなく、実際に体全体の緊張はほぐれ、皮膚の状態に変化が生まれることはまぎれもない事実である。
鍼灸の世界は混沌としており、玉石混交である。
硬いところに針をバーンと刺し入れ、抜いたり刺したりすることで物理的にほぐすやり方を鍼本来のやり方と捉えている鍼灸師もいれば、きちんと経絡変動を捉えて治療法を選択する鍼灸師もいる。
また、痛みがなければ鍼じゃないという人もいれば、自分のように痛みを全く感じさせない治療法を行う人もいる。
そんな混沌とした中において、今回の検証方法を持って最終結論とされるには甚だ不本意なのである。
なぜなら、もし鍼治療にプラセボ効果しかないのだとしたら、鍼灸師は技の習得よりも、患者さんを信用させうる話術と雰囲気を身に付ければ良いことになるからである。
もちろんそれ自体も必要なことだとは思うが、ベテランと若手の間に治療効果の差があるのは、単に患者さんから信頼されやすいという理由だけではないということを証明したいものである。
鍼治療が本当に効くと鍼灸師が信じ、それを信じている患者さんたちが一定数いて、その中で商売が成り立っているのであれば、何も鍼の効果を全世界に実証してみせることに拘らなくともいいのではないかという考え方もあるかもしれない。
だが、逆に実証できれば医学界に大きな変化をもたらすことができるだろう。
現代医療に組み込まれることによって、より身近に鍼灸治療を受けてもらえる条件が出てくるだろうし、高価薬の一部を肩代わりできれば医療コストを下げることにも寄与できるかもしれない。
そこには当然ながら、実証に耐えうる治療を行わなければならなくなるので、鍼灸師自身も鍛えられることになるだろう。
まさに、医療機関、患者さん、そして鍼灸師にとって「三方良し」となるに違いない。
なお、本書で取り上げる代替医療は鍼灸だけでなく、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法などについても検証されている。
それ以外の代替療法についても短くではあるが触れられており、コメントが載せてある。
もし、あなたが信ずる代替医療があるのなら、どのように検証されているのか読んでみてはいかがだろうか。
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