「こんなツレでゴメンナサイ」
2023/08/31
今回は書籍の紹介である。
2006年に「ツレがうつになりまして。」というコミックエッセイが非常に評判になった。
その作品はドラマ化され、ついには映画化もされたので、覚えておられる方も多いかと思う。
過酷な労働に翻弄され、うつ病を発症した「ツレ」さん。
そして作者であり、「相棒」でもある細川貂々(てんてん)さん。
うつ病をめぐってのお二人の暮らしぶりを軽妙なタッチで漫画化し、うつ病を克服していく家庭を描いた、いわば闘病記である。
本書はその続きかと勝手に勘違いをして手にとったのだが、ツレさんのエッセイである。
「ツレうつ」の方でもツレさんの文章は所々に挿入されているのだが、発症から4年が経過し、病気もほぼ快癒され、ご自分のことをだいぶ客観視できるようになったことで、経過をより詳しく綴られたのが本書である。
貂々さんの「ツレうつ」と合わせて読まれることで、発症されたご本人と、それを見守ってきたご家族、両方の視点からうつ病というものを重層的にとらえることができるので、ぜひご一読されることをお勧めしたい。
外資系のIT企業に勤められていたツレさんの労働は本当に過酷だったようだ。
30人もいたスタッフが5人にまで減らされた。
その時点でもうアウトの予感しかしないが、「5人に残れた」ことが「優秀さの証」のようにも思われ、当初ツレさんは誇りのようにさえ感じていたようだ。
しかし、もともと物事をポジティブに捉え、泣き言を言わない、前向き人間だったツレさんは「断ることのできない」人でもあったようだ。
次々と押し付けられる仕事を、それを断るためにエネルギーを使うよりも、自分が頑張ることで事態を乗り越える方がいい、とすべてを引き受けていったのである。
特にツレさんが担っていた「カスタマーサポートセンター」はより精神的ストレスの大きい部署であろう。
お客様からの故障の問い合わせに対応するマニュアルが本社の手違い(?)で別なものが送られてきていたために生じたトラブルがツレさん自身の責任にされるなど理不尽と思われる案件などもあり、本当に辛い毎日だったに違いない。
過酷な労働は次第にツレさんを追い込み、ついには幻聴までもが聴こえてくるようになった。
その段階になって初めてツレさんは相棒である貂々さんに「死にたい」とカミングアウトするのである。
一方、貂々さんはお気楽でずぼらな漫画家だった。
振り返ってみればツレさんの変化の前兆はそこかしこに現れていたが、気づくことができずにいた。
しかし、彼女のエライところは「死にたい」と言い出したツレさんを「おかしい」と認識した途端に受診することを厳命し、そうでなければ離婚するとまで言い切ったところにある。
判断力が既に鈍っていたツレさんは自分の身体云々よりも、「貂々さんに離婚されたくない」の一心で受診し、うつ病であることが判明したのである。
てっきり内臓の病気を疑っていた貂々さんは驚き、うつ病であることが判明して、ツレさんは自分の身に起きていることが納得できたとわずかな安堵感を得るのである。
この受診により確定診断がついたことは非常に大きな意味を持つ。
幻聴まで聞こえるようになっている本人は既に正常な判断能力に欠けている(雨に日には傘を忘れ、晴れた日にはレインコートを持っていくなど、やる事なす事の7割方は反対のことをしていたとのこと)。
実際ツレさん本人もうつ病であることを疑ってもいなかった。
あのまま診断がつかずに過ごしていたら、最悪の事態になっていたかもしれない。
また、うつ病患者にとって周りの家族のサポートは非常に重要である。
「何かが起きている」と心配はしても、内科系の病気と心の病気では対応の仕方が全く違うわけだから、うつ病との確定診断を受けて、病気を知り、対応の仕方を学ぶことができたことは貂々さんにとって、ひいてはお二人にとって闘病のスタートラインに立てたことであり、大きな意味を持つ。
強制力を持って受診させた貂々さん、あっぱれである。
ちなみに、うつ病と聞くと、真面目で、神経質で、気の弱くストレスに弱い人間がなるというイメージをお持ちだろうか。
専門家によると、うつ病になりやすい性格というものはないのだそうだ。
例えば依存心が強く、なんでも人に頼りがちな人は真面目で神経質とは全く違うが、依存が強すぎて人から拒絶を受けると「裏切られた」と感じて、それがきっかけでうつ病になる人もいるのだとか。
だから「うつ病は誰もが成りうる病気」と認識すべきとのことである。
ただ、「頑張りすぎる人」がなりやすい傾向はあるという。
確かに、ツレさんも断ることを知らないバリバリのエリートサラリーマンだった。
東洋医学でも陽性体質の人は病気になりにくいと言われている。
だが、それだけに身体に自信のある方が多く、過負荷となりがちで、発病するときには大病を患いやすいとも言われている。
自信家の人ほどうつ病に対して警戒すべきなのかもしれない。
さて、ツレさんに話を戻すと、確定診断を受けたがしばらくは会社にも言い出せなかった。
明確には書いていないが、うつ病と知られることが「負け」を認めたことにでもなると考えていたのだろうか。
しかし、それも長くは続かない。
失敗を繰り返すツレさんに上司の叱責が飛び、それに言い返す言葉としてうつ病であることをカミングアウトしてしまう。
だが、周囲の反応は冷たく、「自分たちの方がもっと重症なうつ病になりそうだ」を言い返されてしまう。
職場全体が殺伐とした雰囲気に支配されていたようだ。
そしてここでも貂々さんの言葉が冴え渡る。
「職場をやめなきゃ離婚する!」
かくしてツレさんは職場をやめ、病気と向き合う毎日を過ごすこととなっていくのである。
ちなみに、その会社は後になくなったというので、遅かれ早かれ解放されることにはなったであろうが、それまで身が持っていたかどうかはわからない。
おそらくギリギリのところだったのではないかと思う。
そういう意味でも、またしても貂々さん、あっぱれである!
その後の、約3年にも及ぶ闘病の日々についてはぜひ本書をお読みいただきたい。
これは割と多くの病気にも言えることではあるが、回復過程は一直線にはいかない。
「おっ、これは治ったかな」と思えるほど調子の良い日もあれば、「えっ、うそ」というくらいに元の落ち込みに戻ることもある。
それでもそんな落ち込みがあっても、その落ち込みの期間が徐々に短くなっていくのである。
その遅々とした歩みをどれだけ本人や家族が受け止められるかが大事なのだろう。
貂々さんは「ツレうつ」を描く際に、ツレさんが書き留めていた闘病日記を見せてもらったそうだ。
そこには貂々さんすら知らずにいた自殺未遂を図ったことも書かれていたという。
先の見えない生活の中で、互いにイライラが募り、ついツレさんに辛く当たってしまった貂々さん。
その言い争いの直後、貂々さんは部屋を飛び出し、ツレさんは浴室で自殺を図ったのだった。
貂々さんは闘病の日々を軽妙でコミカルなタッチで描いているが、その裏にはそういった壮絶な事実もあったのだ。
幸いなことに未遂で済んだわけだが、それらのエピソードはうつ病との闘いはネガティブな思考を受け流す楽天性とともに、粘り強い持続性も必要であることを教えてくれる。
一応本書は闘病記ということで紹介させていただいた。
それは紛れもない事実だけれども、個人的には「夫婦」というものを描かれた本であると最も強く感じさせられた。
それは映画化された佐々部清監督も述べておられることだが、本当にうつ病をめぐる数々のエピソード一つ一つが、結婚の際に誓われる「病める時も、健やかなるときも・・・」の体現であり、心から夫婦っていいなと思わせるのである。
既婚の皆様方、パートナーとはこのような関係性を築けておられるだろうか。
本書で今一度確認されてみてはいかが(笑)?
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